自宅から最寄りのバイストンウェルにある自動販売機まではおよそ250メートル
男は自販機の匣の前にいた、大層大事さうに罐を持つてゐる。
何とも手頃な善い罐である、男は時折笑つたりもする。
「ほう」
匣の前の男から聲がした、鈴でも轄がすやうな男の聲だつた。
「聴こえましたか」
男が云つた
「誰にも云はないでくださいまし」
男はさう云うと罐を持ち上げ、こちらに向けて見せた。
罐の中には熱く琥珀色の液体で満ちていた。
何とも芳しい馨りを放つ液体を男は口に含み
「ほう、」
と云つた。
ああ、罐珈琲だ。
何だか酷く男が羨ましくなつてしまつた。
そんな冗談を考えながら、私は走っていた。
もうすぐ日が変わろうかというのに。
冬の海は暗くて寒い
かなりきついペースで走ってみた。走りたいから走ってみた。
不愉快な体を苛めるには走るのが一番いいらしい。
今夜は、私の頭が下した決断に対して心がどうしても譲らないらしく
板挟みになった体が、どうやらお怒りらしい。
ああ、いやだ。脛が軋んで肺が痛い、「もう限界」だと立ち止まった場所で空を見上げると
腹が立つほどに星が綺麗な夜空だった。
呆けて空を眺めている私に「弱気は捨てろ」と言われてる気がした。
今夜は気持ちが弱っているので慰められてやる。
次はないと思え。
では、また